2016年3月25日金曜日

【曾根毅『花修』を読む48 】 得体のしれないもの / 山岸由佳



曾根毅句集『花修』には得体のしれないものが漂っている。

誰もがいつか訪れるだろう「死」が色濃く存在し、そこはかとない空虚感、不安・畏れ、鬱屈とした感情が渦巻いている。この感情の渦がある強いエネルギーとなり、異様な空気を放っているようだ。そのことは本句集に一貫して言える事であるが、東日本大震災が与えた影響は大きい。震災という未曽有の体験は作者を大きく揺さぶり、より内面の奥深くにまで迫っていく様子が伺える。

玉虫や思想のふちを這いまわり

本句集のある一面、或いは作者自身を象徴している句ではないだろうか。思想の中心部には、闇が深く広がっているだけで何もないようにも思われる。永遠に中心には辿りつけないと知りながら、もがき続けているようだ。

立ち上がるときの悲しき巨人かな 
くちびるを花びらとする溺死かな 
暴力の直後の柿を喰いけり 
快楽以後紙のコップと死が残り 
この国や鬱のかたちの耳飾り 
佛より殺意の消えし木の芽風

人間が元来持っている淋しさや醜さ・残酷さ、この世の不条理、目には見えない力への畏れ、これらと向き合い続けるには強靭な精神力が必要だろう。事実、私は本句集を開くたび、どこかが消耗していくのである。答えの見つからないもどかしさに、考えないことを選択することも可能だろう。また、ストレスを回避するために、無意識に考えることをやめてしまうこともある。しかし、曾根氏は、一見するとマイナスのイメージを持つ、見えない何かと絶えず格闘し続けてきた。
そして、その姿勢は震災後も変わることはない。

音のなき絶景であれ冬青草 
桜貝いつものように死んでおり 
山鳩として濡れている放射能 
少女また桜の下に石を積み

眼前に起きていることを詠まないことの方がむしろ不自然であるかのように、
震災も放射能も作者の体験に基づいた等身大のものとして詠まれている。そして詠み続けてゆく中で、感情の更なる深化がみられるのである。

少女病み鳩の呪文のつづきおり

前半の花、光の章では、「暴力」「快楽」「殺意」「鬱」といったように言葉が剥きだしになっているものに佳句が多く見られたが、掲句は表現としての質が明らかに異なっている。震災を体験し、時間と共に内面の奥深くに沈潜したものから作り出された幻影のようにさえ思われる。事実か事実ではないかは、もはやどちらでも良いだろう。感情や現象を書き留める、又は思想を投影するといったものから、内面の真実を「表現」するものへと昇華し、最終章に進むにつれ、作者の感受性と想像力を持って独特な世界を獲得しつつある。

徐に椿の殖ゆる手術台 
山猫の留守に落葉の降りつづく
能面は落葉にまみれやすきかな 
次の間に手負いの鶴の気配あり 
肉よりも遠くへ投げるアルミ缶 
闇に鳩鳴けば静かに火を焚かん

ある物語の一場面のように、何か不吉さを予告しているようだ。言葉は柔らかくなっているものの、相変わらず得体のしれないものが漂い、むしろ世界はより複雑なものになっている。

『花修』に漂う得体のしれなさは、読み手に、(少なくとも私に)やさしく寄り添ってきてはくれない。本句集はひどく孤独であり、作者のもがき続けた痕跡は、この先も私達に疑問を投げかけ続けるだろう。そういった点において非常に稀有な句集であったと言えるのではないだろうか。

最後に、本句集の中で、少し異質だと思った句を。

獅子舞の口より見ゆる砂丘かな

獅子舞の口から見えた砂丘は、時空を超え、どこまでも広がっていく。見たことのないはずの景色なのに、懐かしく感じるのはなぜだろう。砂丘は留まることを知らず、今も尚、広がりつづけている。


【執筆者紹介】

  • 山岸由佳(やまぎし・ゆか)

「炎環」同人、豆の木参加。第33回現代俳句新人賞



【曾根毅『花修』を読む47 】 夜の端居 / 西村麒麟




立ち上がるときの悲しき巨人かな

作者の詠む幻はくっきりと見える。読者はこの悲しき巨人をただただ見送るしかない。巨人を見送る時間は、どこか安らかな感じがする。

夕焼けて輝く墓地を子等と見る

平凡な内容の句に見えるが、この句集を何度か読み返す時、不思議と立ち止まる一句。私も、子ども達も、必ず墓におさまる時がくる。墓地を見て、墓地を穏やかだと思う心は、さみしいけれど確かにある。

夜の秋人生ゲーム畳まれて

私もまた、人生ゲームの駒のように、何者かに操られたり、畳まれたりする存在ではなかろうか。なんてことまで考えはしないが、人生ゲームの片付けは妙なものだ。

朧夜の人の頭を数えけり

頭がぼんやりと浮かんでいて、それぞれに大した違いが無いようにも見える。作者も、読者もぷかぷかした頭の一つ。

秋風や一筆書きの牛の顔

すっきりと、穏やかなに、優しく、現実にはなかなかそうはいかない。この牛は作者の理想美だろう。

日本を考えている凧

どうなることやら。まぁ、いいか、と考えている凧。凧が作者のようにも見えて可笑しい。考えているような、考えていないような、そんな具合がいい。

鰯雲大きく長く遊びおり

空には壮大なものが遊んでいると思うと嬉しくなる。天上も地上も、遊びは大きな方が良い。

頭とは知らずに砕き冬の蝶

いつまでも心にこびり付くような思い出というものがある。ここでの「砕き」は最適の言葉だろう、それだけに哀しい。

闇に鳩鳴けば静かに火を焚かん

ささいなことで、目前の景色を異界と感じることがある。作者にとって、そこは静かで穏やかな場所なのだろう。鳩も火も闇も現実であって、異界でもある。その境界線はぼんやりしている。

他にも

影と鴉一つになりて遊びおり 
さくら狩り口の中まで暗くなり 
ぬつと来てぬつと去りたる鬼やんま 
どの部屋も老人ばかり春の暮


の句に惹かれた。

惹かれた句には、夜風のような良さがある。夜風は変に励ましたりしないところが良い。目を細めて夜風を味わう。夜の端居をしていると、素敵な幻も見えてくる。

あぁ、そうか。

『花修』はどこか、夜の端居のようだ。


【執筆者略歴】

  • 西村麒麟(にしむら・きりん)

1983生まれ。「古志」同人。

2016年3月18日金曜日

【曾根毅『花修』を読む46 】 Giant Steps / 九堂夜想




   毅兄へ

拝啓

 君が関東から関西へ居を移してからもうどれくらいになるだろうか。久しく会う機会を持たなかったが、先日、都内で行われた某俳句勉強会にて図らずも再会を果たした時は嬉しく思ったものだった。

 ところで、君の本『花修』のことだが、告白すれば、上木からこの方さほど多く繙いたわけではない。それは、同じ俳句会に属している手前ほとんどの作品が未だ記憶に新しいということ、そして、それ以上に(殊に初期の作品に“その思い”は強いのだが)およそ二十年になんなんとする君との付き合いがもたらす抑えがたい昔日の感が、ともするとページを繰る手を鈍らせていたということもあるかもしれない。

 そうした些かセンチメンタルな読みのうちに、『花修』が湛える或るテクスチュアに絡んで私的にいくつか思い出されることがあった。まあ、他愛のない些細なエピソードだが、それでも僕にとっては或る懐かしさとともにささやかながら作品理解(あるいは作者理解といった方が正しいか)に繋がる事柄のようにも思えるのだ。それは、およそ次のようなことである。

「曾根です」―と言って、その都内にある某ミュージックスクールに君がやってきたのは‘90年代半ばの春だったか秋だったか。当時、世間は一種のプチ・サックスブームで、その音楽学校のサックス科も仕事帰りのサラリーマンやOLの生徒らで一時の賑わいをみせていた。エリック・ドルフィーと阿部薫にかぶれていた僕がそこに籍を置いてからしばらくして、君が先述の挨拶を伴いあらわれた時の様子を思い起こすのはそれほど難しいことではない。大方の生徒が基本スタイルとしてアルトを手にする中、君はシブい関西弁とともに数少ないテナーサックスの徒としてレッスンルームにやってきたのだった。ともに、まだ20代だった。その後、いくたびかのセッションと音楽談義の中で、君がかのジョン・コルトレーンの楽曲に触発されてテナーを始めたことを知るに及んで少しく頷けるものを覚えた。そうか、ソニー・ロリンズでもなく、ウェイン・ショーターやマイケル・ブレッカーでもなく、ましてやレスター・ヤングでもない、「私は聖者になりたい」と嘯き不惑の若さで亡くなったあのジョン・コルトレーンか―。

 年齢が近いせいもあってかお互い打ち解けるのにさほど時間を要さなかったが、正直、君がどのような経緯で俳句を始めるに至ったかよく覚えていない。サックスと並行して俳句を始めていた僕がその頃参加していた『海程』や某超結社句会の冊子などを君に見せていたことが多少なりとも影響したものか。直接、君に俳句作りを勧めたことはなかったと思うが、そのうちに君も手探りの中から五七五を紡ぎ始めたということは俳句の持つ何かが君の感覚に触れたということだろう。

 その時からだろうか、音楽と並んで俳句や文学談義を交わすようになったのは。「あまり本に馴染んでこなかった―」とは当時の君のセリフとして耳に残っているが、こちらも人に自慢できるほどの文学的内容があるわけではない。ただ、僕の場合、昔から「本」「音楽」「映画」をエンゲル係数として生活してきた由、“食べた”モノについてはいくらか語れたろうからそうした貧しい情報量の中から君に目ぼしい本や作家を紹介したことはあるかもしれない。そうした中で、僕が君に何を勧めたかは大よそ忘れてしまったが、君から勧められて読んだ本のことは今でも覚えている。それは松下竜一の『狼煙を見よ』というノンフィクションである。かつて、「東アジア反日武装戦線“狼”」を中心とする新左翼系活動グループが起こした連続企業爆破事件(‘74~‘75)の内幕とテロ事件前後の「“狼”」メンバーほかの動向を丹念に取材したものだ。実はこの手合いは決して得意な方ではなく、当時は思想的興味からわずかにフーリエやクロポトキン、トロツキーや北一輝、チェ・ゲバラ等に触れるのみだった。松下竜一にしても決して良い読者とは言えず、その頃の記憶では彼が実家の豆腐屋を手伝いながら綴ったデビュー作である歌集『豆腐屋の四季』と、甘粕大尉に虐殺されたアナキスト大杉栄と伊藤野枝の娘・伊藤ルイの半生を記した『ルイズ―父に貰いし名は』を辛うじて掠めていたに過ぎなかった。ちなみに「“狼”」のリーダー格である大道寺将司は、現在、死刑囚として東京拘置所に収監されているが、数冊の句集を持つ俳人としても“活動”しており、今思えば、どこか奇妙な因縁を感じないでもない。そして、『狼煙を見よ』を読み終えた時、僕はまたしても君に対して少しく頷けるものを感じたのだった。

ジョン・コルトレーンと松下竜一『狼煙を見よ』―この二つに直接的な絡みはない。また、この二要素のみをもって君や『花修』を語りきるつもりもない。だが、君という人間との関連性において、それぞれに或る共通性は窺えるなと思った。コルトレーンの音/松下竜一の文、いずれも武骨で不器用なギャロップでありながらそこはかとないナイーヴさを秘めつつ或る信念への揺るぎない強さに満ち溢れている。そのエッセンスは「愚直なまでの誠実さ」ということ。かつて「曾根毅という男はこういうところに共鳴するのだな」という感懐を抱いたが、星霜を経て今、それは君や『花修』のイメージを些かも裏切らない。

 さて、長すぎる思い出話もここまでに、『花修』評について、である。僕の意見は至ってシンプルなものだ。すなわち―次の次なる作品に期待する、と。

 物書きというものは、大方はじめの二、三編は自分の“持ち物”で書けるものだろうという考えを抱いて久しい。その意味で君の『花修』とは、それなりの内容を有し、それを書けるだけの力量を持つ人間が、それを発揮したという“証明”であり、また俳句作家・曾根毅のやや遅きに失した俳句界へのささやかな“挨拶”に過ぎない。ゆえに、僕からすれば『花修』とは褒めるも貶すもなく、言わば批評以前の句集なのである。といっても得心がいかないかもしれない。こう記せば伝わりやすいだろうか。『花修』は、君の私的俳句史からは五年、公的俳句史からは五十年の遅れを取っている。前者の年数は便宜上のものだ。五年であろうと十年であろうと、要は君の内実に比して刊行が“遅きに失した”ということが理解されれば良いのだから。後者については、賢明な君ならば気付いていないはずはない。君の直接の師である鈴木六林男をはじめ、君が決定的な影響を受けたかつての新興俳句の作家たちの句業を熟知していれば「宜なるかな」と思わない方がおかしいのだ。
 先刻、僕は君のことを「俳句作家・曾根毅」と書いたが、このように記する時、僕は君の俳句行為を六林男はもちろんのこと、誓子、三鬼、白泉、窓秋、赤黄男、または鬼城、蛇笏、石鼎、普羅、水巴、さらには子規、虚子、碧梧桐、はては芭蕉にまで連なる同一線上の批評軸において見ているのだ。これまで数多くの評者が『花修』について書いてきた。それぞれに真摯な、また友愛的な態度で書かれたものだろう。だが、それらが如何なるスタンスだとしても他者の毀誉褒貶など僕には一向与り知らぬことだ。僕にとって問題なのは、『花修』が1ミリたりとも僕を“殺さない”ということなのだから。

「俳句を書く」ということを、君はどのように考えているだろうか。それは、あたかも鏡に自身を映すように季語と五七五に己を仮託し移してゆく自己投影の営み―すなわち「自己表現」であろうか。以前、別のところでも書いたが、僕はその“短さ”と“定型”ゆえに主体をその主体自体から切り離しつつあらたな創造へと向かう「脱自‐超俗」の道と考えている。<書く>とは、いわば終わりなき“私殺し”であり、その度ごとに自己を超えてゆく「超脱」の法ということだ。「秘すれば花」―これは君が自身の本のタイトルモティーフとした『風姿花伝』の中で最も人口に膾炙した言葉だが、僕流に換言すれば、それは差し詰め「弑すれば花」といったところだ。君が討つべき相手は、師・六林男であり、新興俳句の作家たちであり、そして何より己自身である。

2011年3月11日。あの日、かの地で、君は何を見たか。東日本一帯を突如襲った未曾有の大地震と大津波―その日、偶然、仕事の出張先である東北にいた君は、そこで一体何を体験し、何を感じたか。それは他者が不用意に踏み込めぬ領域ではあろうけれども、人間・曾根毅としての君が確実に“何か”に討たれたであろうことは想像に難くない。が、『花修』ではそのテーマが表層レベルに止まっていることは否めない。急いで付け加えれば、ここでいうテーマとは「震災」や「原発」などといった瑣事(!)ではない。諸々の「存在」と「時間」、その変容と大いなる可能性のことだ。むろん、君ならば所謂「震災詠」なるものをコルトレーン張りの“シーツ・オブ・サウンド”で書きまくることも可能だろう。事実、そのような作家連もいた。ここでは、そうした作家および作品への論評は控えるが、敢えて言えば、そうした“地上的”かつ“人間的”な視点や感覚での表現は疾うに先達が試行していることである(たとえば戦火想望俳句)。ともあれ、君が“持ち物”をすべて吐き出したところから俳句作家・曾根毅の本当の俳句行為は始まるだろう。

ところで、ここまで『花修』の作品を一つも出さずにきたが、出来如何とは関係なく心に深く刻印された一句がある。

立ち上がるときの悲しき巨人かな

作家の本質はその処女作によくあらわれる―とは僕の今一つの持論だが、『花修』冒頭の掲句を読むたびに、曾根毅は図らずも自身(または人類?)の“運命”を書いてしまったのではないかという複雑な気持ちにとらわれる。むろん、誰しも順風満帆な人生など送れるはずもなく、僕の見方もたんに人間的甘さからくるロマンティシズムに過ぎない。が、俳句においても、実人生においても、そのような“とき”が君にたびたび訪れるのではないか。しかし、それが君の大いなる足跡 Giant Stepsのプロセスと考えるならば、むしろそれは歓待すべき“とき”かもしれない。

最後に蛇足ひとつ。時折、君から周囲の“雑音”についての悩み(?)を聞かされることがある。第四回芝不器男俳句新人賞を受賞して以来、宝くじの当選者に急に新しい“親戚”が増えるように、様々な人たちが君の周りを取り囲んだことだろう。それに連れて耳触りのよくない雑多な“ノイズ”も飛び交ったに違いない。言えば「選ばれてあることの恍惚と不安」といったところだろうが、これも“とき”のひとつと考えればいくらかの達観にはなるだろうか。あるいは助け舟代りにひとつ僕が言っておこうか―「曾根毅をナメんなよ。彼は『花修』程度で終わる作家じゃねぇんだ!」
さて、布石(放言?)は打っておいた。あとは君がそれを証明するだけだ。切に君の健康を祈る。                     

敬具  

夜想拝



【執筆者紹介】


  •  九堂夜想(くどう・やそう)


 1970年生。『LOTUS』編集人。

【曾根毅『花修』を読む45 】 まぶしい闇 / 矢野公雄



吟行句会をともにする仲間として、曾根君の作風は、暗い、硬い、怖いの3Kだと思っていた。なので、送られてきた第一句集の装丁の、やけに明るいことに吃驚したことを覚えている。
しかしながら、一寸ページを繰るだけでも、溺死、墓標、暗黒、暴力、鬱、殺意、悪霊、といったボキャブラリーの氾濫にぐったりする。

3Kは蔽うべくもなく、その目で改めて装画を見ると、明るさのなかに、なにやら狂気のようなものが潜んでいるように見えてくる。

なんだか、術中にはまった感じ。

3Kなどと乱暴な言い方をしたが、それは、とりもなおさず、曾根君が、暗く、硬く、怖い現実と格闘していることの証左であろう。震災などは、もっとも目をそむけたい現実である。そうしてそれは、彼が、花鳥風月に遊ぶというアティテュードをとらない新興俳句の系譜を継ぐ、正統なる異端者だということでもある。

鶴二百三百五百戦争へ 
くちびるを花びらとする溺死かな 
木枯の何処まで行くも機関車なり 
天牛は防空壕を覚えていた 
少女また羽蟻のように濡れており

いかにも新興俳句的。

存在の時を余さず鶴帰る 
玉虫や思想のふちを這いまわり 
ロゴスから零れ落ちたる柿の種 
鶏頭を突き抜けてくる電波たち 
祈りとは折れるに任せたる葦か

これらの句群の手触りは、俳句というよりも、現代詩に近い。
実際、彼は、資質として、俳人よりも詩人に近いのではないかと思うことが、ままある。吟行中、俳人にあるまじき暴言を吐き、周囲を凍りつかせる。お茶目なことに、植物の名前に疎い。そうして、合評では、些細な言葉にも拘りぬく。

一方で、曾根君は、吟行の最中に矢鱈と「名句が出来た」と吹聴して、周りを焦らせる困った人でもある。名句を志向するということは、おのずから、不易なるものを希求しているということにほかならない。

春の水まだ息止めておりにけり 
滝おちてこの世のものとなりにけり 
頬打ちし寒風すでに沖にあり 
黒南風の松を均していたるかな 
ゆく春や牛の涎の熱きこと

これら、古典的ともいえる、骨格のしっかりとした「名句」において、彼は間違いなく俳人である。
一寸調べてみると、「かな」止めの句が38句、「けり」止めが27句ある。この二つの句形を足すと、実に全体の22%を占める。意外と古風なのである。詩人の資質を持ちながら、俳句ならではの文体を偏愛しているようである。

震災詠という非常にアクチュアルな面がクローズアップされがちであるが、むしろ、古典から、新興、前衛、詩、俳にまたがる多面性こそが曾根君の魅力であり、「花修」の奥行きではないか。

「花修」の読後感は、不思議に暗くない。
それは、曾根君が、現実の闇から取り出す言葉が、ときに不易なる光を放っているからであろう。棹尾の句が、実に暗示的である。

闇に鳩鳴けば静かに火を焚かん


【執筆者紹介】

  • 矢野公雄(やの・きみお)

知っている人しか知らない俳人

2016年3月11日金曜日

【曾根毅『花修』を読む44】 伝播するもの  / 近 恵



曾根毅は何を見たい、何を感じたいと願い、そして何が見えて欲しい、何を感じて欲しいと望み、言葉を紡いでいるのだろう。

「花修」という句集、そのカバーの絵は明るい線で描かれたどこまでも長閑な緑濃い田舎の景色に思える。しかし、いざ読み進めてみるともう最初の一句目から表紙にあった長閑さはどこにもなく、不穏で不安な緊張感に溢れている。

この「花修」は東日本大震災の時期を中程に据え、時系列に沿った形で章立てされていて、震災前震災後の自分を辿り直しているように作られている。その章立てにも意味があるのであれば、私も章ごとに感じたことを書いてみようと思う。

花(平成十四年~十七年)

鶴二百三百五百戦争へ
稲田から暮れて八月十五日
いつまでも牛乳瓶や秋の風
讃美歌のどこまでつづく塀の上

敢えて句集のために、導入部としての不穏な句を集めたように感じる。この世のどちらかというとハレではなくてケの部分ばかりを想像してしまう。八月十五日の句があることから、世界中のどこかで今ある戦争というよりも、日本が敗戦した太平洋戦争の事を思い、終戦後に生まれこれまで歩いてきた自分の世界は正しかったのだろうかと疑念を抱いているように感じる。

光(平成十八年~二十年)

この国や鬱のかたちの耳飾り
さくら狩り口の中まで暗くなり
五月雨のコインロッカーより鈍器
爆心地アイスクリーム点点と
塩水に余りし汗と放射能
地球より硬くなりたき団子虫

一句づつ読めば違うのだろうが、あえてバイアスをかけて読めばどの句もなにかしらの示唆に富んでいる。昭和の時代が終わり、20世紀が終わり、新聞の見出しだけでも十分に嫌になるくらいの起こって欲しくない事件や事故。自分には関わりのないことだと目をつぶり、あるいは憐れんだりするのではなく、ただそのままに書きとめてあるような言葉の連なりが余計に様々な事を想像させ思い出させる。作者の不安が少しずつこちらに伝播してくる。こちらが一句一句に暗い意味を持たせてしまう。

蓮Ⅰ(平成二十三年~二十四年)

薄明とセシウムを負い露草よ
桐一葉ここにもマイクロシーベルト
燃え残るプルトニウムと傘の骨
山鳩として濡れている放射能
人間をすり減らしてはなめくじら
少女病み鳩の呪文のつづきをり

東日本を襲った大地震と大津波、そして東電福島原発の大事故を受けての句群である。特に目に付いたのは原発事故に関わる俳句である。大地震や大津波はこれまでも何度も日本を襲ってきた。私自身青森県の太平洋側で生まれ育ったので他人事ではないし、沿岸部に生きる人達が津波に襲われても何度も立ち上がって生きぬいてきたことも知っている。豊かな海があって山があって耕せる土地があれば悲しみを抱えても何度だって生きるのだ。だから震災にまつわる句は、悲しみの共有こそできても絶望まではゆかない。しかし原発の事故はそうはいかない。なにしろ見えないのだ。なのに否応なしに汚染されてしまったのだ。病気にだってなるかもしれない。そしてそれは自然災害ではなく人が起こしたものなのだ。それが不安であり救いのなさなのである。降り注ぐセシウム、計測器が示す数値、放射能に汚染されてしまった数多のもの。いくら季語と併せてみたって全く情緒を感じないそれらの言葉を俳句の中に象徴としてではなくダイレクトに使うことで、間違いなく不安の根がそこにあるのだと訴えてくる。

蓮Ⅱ(平成二十五年)

木枯に従っている手や足ら
少しずつ水に逆らい寒の鯉
身籠れる光のなかを桜餅
菜種梅雨鉄の匂いの腕を垂れ
人は名を呼びかけられし月夜茸
引越しのたびに広がる砂丘かな

震災や原発事故のショックから落ち着きを取り戻しかけてきているように感じる。希望も見え隠れしている。身籠りの句や子供の句がその役割を果たしている。しかし拭い去ることのできない不安や、無力感といったものも感じられる。例えば従っている手足、逆らっている鯉、垂らした腕、引越しの度に広がる砂丘。これらは自らの無力感を象徴しているように感じる。それは「花」「光」の章ではあまり感じられなかったものだ。私はこれが震災や原発事故以降に起こった作者自身の変化の表れなのだと考える。

蓮Ⅲ(平成二十六年)

日本を考えている凧
冬薔薇傷を重ねていたるかな
玉葱を刻みし我を繕わず
鶏頭を突き抜けてくる電波たち
祈りとは折れるに任せたる葦か
闇に鳩鳴けば静かに火を焚かん

前章よりも静かな怒りと憂いと悲しみが表出している。激しい言葉は形を潜め、一見花鳥諷詠ともとれるような句が並び始めるが、それは本当はずっとこうだったらよかったのにというもはや叶わない望みなのではないか。痛みがあるのだという事を、乾ききる前の瘡蓋を無理にでも剥いで血が滲むのを見つめながら思いだし、祈るほか何も出来ない無力なる自分を肯定しているように感じる。

人は事故や災害や不幸な出来事に遭遇し、あるいは体験した時、それを様々な形で語らずにはいられない。他人にそれを語ることで、悲しみや不安といった感情はすこしずつ発散され、薄められ、少しずつ平静を取り戻してゆく。それは人が人として生きてゆくために必要な心のシステムなのだ。自分一人の中にそれを抱え込んだままにしておくと、多分に精神衛生上よろしくなく、よく言う「話したらスッキリした」というやつなのだが、話をされた側になってみると、悲しみや不安を分かち合う訳だから、多少なりとも心を乱されてしまうということになる。「花修」を何度か読み返しているうちに、それに似た気分になっている自分がいることに気が付いた。句から感じ取れる不安なものが私の気分に微妙に影響を与えるのだ。そして、私の中にあって表面化していなかった、あるいは気付かなかったことにしておいたものが自分の中で浮き上がり、否応なしに向き合う破目となり、それは思いがあるけれども事象としては自分で解決することができないという無力感に襲われるなどという、なんとも悩ましい気分になったのである。そういう部分ではある意味とてもエネルギーを内包した作品集なのではないか。

更には作者自身も「話してスッキリ!」という状態ではちっともないように思える。それが曾根毅にとっての震災以降なのであり、この句集をもって一旦完了などとならず、現在進行形で未だ続いているということなのだろう。


【執筆者紹介】

  • 近恵(こん・けい)

 1964年 青森県八戸市生れ、東京都在住
「炎環」「豆の木」所属 現代俳句協会会員
 第31回現代俳句新人賞
 合同句集「きざし」