久々に叩きをかける山眠る 神谷波ここでは何に叩きをかけるのかが省略されていている事が面白い。最初布団に叩きをかけるのかなと思ったが、いや自分自身に喝をいれる意の顔に叩きをかけるかなとつぎつぎと想像してしまう。されど人が何をしようと「山眠る」。中七の「叩きをかける」の終止形と「山眠る」の二連続の「る」が句に強靭さを与えた。他句に〈初夢の鶴につつかれ覚めにけり〉そりゃあ、あなた、あの鶴の口ばしでつつかれたら起きてしまいますよ。しかし、その鶴は初夢の中のめでたき鶴で、良き目覚め。
2016年12月9日金曜日
【俳句新空間No.3】 神谷波の句 / もてきまり
ラベル:
MotekiMari(もてきまり),
神谷波,
俳句新空間No.3,
俳句新空間作品鑑賞
2016年5月20日金曜日
【俳句新空間No.3】神谷波作品評 / 大塚凱
「師走」から新年詠を経て「木守」まで。新春帖に相応しい、去年から今年への移り変わりを真正面から詠んだ二十句作品である。
大声に師走の猿の逃げつぷり作品の第一句目。「走」と「逃」は連想としてはやや手近なところではあるが、簡潔な述べ方が良い。「逃げっぷり」の「っぷり」が師走の猿の様子をユーモラスに想像させてくれる。
数え日の棚からだるま落ちてくる前掲の句に続く二句目。棚からだるまが落ちてくるという、何とも言い難い「数え日」感。生活に即しているような軽い詠みぶりが、魅力的である。続く〈あまりにも近すぎ除夜の鐘の音〉と続くところを見ると、ユーモアにあふれた作風であると評価したい。他の句はおそらく旧仮名遣いで書いているので、「数へ日」に正したいところではある。
鷹晴れと呼びたきほどの二日かな「鷹晴れ」という表現も、作者独特のものである。晴れていることのめでたさは誰しもが感じ得るところ。「鷹晴れ」という言葉を得たことで、そのスケールの大きさを生んだ。「二日」は、まさに種々の物事をはじめるべき日。なんと良い一年を予感させてくれることだろう。
ラベル:
OtsukaGai(大塚凱),
神谷波,
俳句新空間No.3,
俳句新空間作品鑑賞
2015年9月7日月曜日
【俳句新空間No.2】神谷波の句 / 陽美保子
汗の身におそれおほくて輪島塗 神谷波汗を拭きつつ、少し改まった席に着く。汁物の器は輪島塗。手にとれば高級な漆器にべとっと指紋が付いてしまいそうでとても手に取れない。まずはハンカチで汗を拭い、呼吸を整える。「おそれおほくて」の庶民感覚に読者はにやりとさせられる。調べ共々格調の高い〈拭ひてはもどる漆の春埃 長谷川櫂〉の漆の句とは違って、これもまた楽しい。
ラベル:
2014(平成26)年8月作品詠,
No.3掲載,
YoMihoko(陽美保子),
神谷波
2015年8月11日火曜日
【俳句新空間No.2】 神谷波の句――いきものたちと人間の時間 5 / 佐藤りえ
葭切の大歓迎の水棹かな 神谷波ここでいう水棹は舟を操舵するものではなく、釣り舟などを固定するために水底、岸などに垂直に打つ水棹の方だろうか。舟が「水棹付け」のためのポイントに向かったところ、水棹にとまっている、または周囲の水辺に集った葭切が騒ぎ出した。葭切の集団の鳴き声はけっこう喧しい。大歓迎と捉えれば、人間の楽しい時間が始まる。
ラベル:
2014(平成26)年8月作品詠,
No.3掲載,
SatoRie(佐藤りえ),
神谷波
2015年8月10日月曜日
【俳句新空間No.2】 神谷波の句――いきものたちと人間の時間 4 / 佐藤りえ
遠くまでゆく蟻近場ですます蟻 神谷波「近場ですます」から、餌取りの行軍というより、巣穴から砂を持ちだし捨てにゆくところをイメージする。彼らは巣の養生をいつ果てるともなく続ける。邪魔にならないよう、砂を遠くへ捨てにゆくものとそうでないもの。賑やかな中にも異なるリズムのものが紛れ込んでいる。
ラベル:
2014(平成26)年8月作品詠,
No.3掲載,
SatoRie(佐藤りえ),
神谷波
2015年7月31日金曜日
【俳句新空間No.2】 神谷波の句 /もてきまり
麦秋の赤信号を牛走る 神谷波本当にこんな光景がまだ日本にもあるのかも知れない。赤信号なんて人間がかってに作ったもので牛には関係ない。でも、なんとなくそこを察知して走る牛。おおらかさからくる観察のおかしみがある。〈夏の夜の時計の針が逆回り〉神谷波さんのお仲間が集まれば夏の夜など、時計の針が逆回りして、皆、〈往年の少年少女水芭蕉〉になってしまう。〈遠くまでいく蟻近場ですます蟻〉この句もコンピニですます蟻とこだわって遠くの老舗に行く蟻を思わせる一方、精神的に遠くまでいく蟻と近場ですます蟻を思わせて意味の重層性とおかしみを披露している。
ラベル:
2014(平成26)年8月作品詠,
MotekiMari(もてきまり),
No.3掲載,
神谷波
2015年7月22日水曜日
【俳句新空間No.2】神谷波の句 / 小野裕三
遠くまでゆく蟻近場ですます蟻 神谷波蟻は身近な虫で、公園などを探せばどこにでもいる。蟻のおおよその生態は大人なら知っているだろうが、でもそれはかなりの面で耳学問でしかなく、実際に蟻の巣をほじくりかえして長時間観察したことのある人はそんなにいないだろうから、実態はやはり謎に満ちている。働き蟻とは言われるけれども、実はその労働意欲には濃淡があって、その濃淡こそが、まさにどこにでもいる蟻の分布図を作っているのだとしたら。擬人法としてもなかなか高等な部類で、江戸にも通じる俳諧味がある句。
ラベル:
2014(平成26)年8月作品詠,
No.3掲載,
OnoYuzo(小野裕三),
神谷波
2015年7月14日火曜日
【俳句新空間No.2】 神谷波の句 2 / 前北かおる
麦秋の赤信号を牛走る 神谷波季題は「麦秋」で夏。初夏、新緑とともに麦は黄色に熟します。作者は、車に乗っているのでしょう。赤信号で停止していると、牛舎から放牧場への移動でしょうか、牛が横断しはじめたのです。牧場スタッフの誘導で、おしまいの方の牛は急がされて、走って渡っていきます。作者は、田舎ならではののんびりとした光景に半ば呆気にとられながら、牛たちを見送ったことでしょう。
この句を一読した時には、インドあたりを思い浮かべても鑑賞可能かと考えました。けれども、「赤信号」を走らせて渡るところはいかにも日本的で、実はそれほど景の揺れる句ではないと考え直しました。
ラベル:
2014(平成26)年8月作品詠,
MaekitaKaoru(前北かおる),
No.3掲載,
神谷波
2015年7月13日月曜日
【俳句新空間No.2】 神谷波の句 1 / 前北かおる
照り雨に桐咲く能登の崖つぷち 神谷波季題は「桐咲く」で夏。照り雨を降らせる空高くに桐の花が咲き、目の前には照り翳りする日本海が広がる、そんな能登の崖の上に作者は立っているのです。足下では、荒波が大きな音とともに砕け散っています。圧倒されるような雄大な景を、「崖つぷち」という口語の勢いも借りて力強く描いた一句です。同時に、近景の「桐咲く」という気品ある季題を掴まえることで、ひとまとまりの情景に仕上げてあります。作者の高揚した気持ちをそのまま詠い上げているようで、行き届いた写生によって読者を句の世界に導く周到な仕掛けが施されているのです。
2015年6月29日月曜日
【俳句新空間No.2】 神谷波の句――いきものたちと人間の時間 3 / 佐藤りえ
茅の輪くぐる宇宙遊泳の気分 神谷波「夏越しの祓」の茅の輪のこととして読んだ。正しい作法に則ったくぐり方は、輪を中心として寝かせた8の字を描くようにまわるもので、地面に残る足跡はメビウスリングの様になる。神妙になって出入りを繰り返すうち、精神が逸脱していくような高揚感に包まれた様子がうかがえる。
ラベル:
2014(平成26)年8月作品詠,
No.3掲載,
SatoRie(佐藤りえ),
神谷波
2015年6月26日金曜日
【俳句新空間No.2】 神谷波の句――いきものたちと人間の時間 2 / 佐藤りえ
潜く鳰子守の鳰と分担が 神谷波水鳥の世界でも家事分担があるのだろうか。もめたりすることもあるのだろうか。鳰は特にひなを背中に乗せて運ぶことがあるので「子守」に見えること請け合いである。潜ったほうは餌を取る係だろうが、雌雄でなく役割で言われているところが人くさい。
ラベル:
2014(平成26)年8月作品詠,
No.3掲載,
SatoRie(佐藤りえ),
神谷波
2015年6月25日木曜日
【俳句新空間No.2】 神谷波の句――いきものたちと人間の時間 1 / 佐藤りえ
名所の木陰にねむる通し鴨 神谷波
どこか名だたる場所を訪ね、ふとした木陰に眠る鴨を見た情景。鴨にとっては名所も名勝もないことだろう、水辺が保全されるなどして人が容易に近寄れないようなこともあるし、ならではの安全さを選んでそこにいるのかもしれない。通し鴨の束の間の休息に気づくのは、よそ見の楽しさのようでもある。
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2014(平成26)年8月作品詠,
No.3掲載,
SatoRie(佐藤りえ),
神谷波
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