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2016年11月18日金曜日

【俳句新空間No.3】 福田葉子の句 / もてきまり


葱の鞭ときおり使う老婆いて 福田葉子
俳の象徴としての葱、それを用いての鞭。若い衆に使うのか自らに使う鞭なのか、たぶん両方に使っている。最近の老婆はとても老婆とは言えず、福田さんはもちろんのこと、金原まさ子さんはじめ、姿勢は良いしPCはこなすし、疲れた初老を凌ぐ。年を重ねることで世界の多様性に気付き自由になれる力というものがあるのではないかと最近思う。で、この鞭はけっこう痛い。他句に〈初蝶のかの一頭はダリの髭〉クールな銀の額縁に入れギャラリーに飾りたいくらい、おしゃれ。

2016年7月1日金曜日

【俳句新空間No.3】福田葉子作品評/ 大塚凱


 冬・新年の季語を交えず、次第に深まってゆく春を二十句に収めた作品である。

  砂時計未生の春を綯い交ぜて
やや観念的な句であるぶん評価が難しい句ではあるだろうが、「砂時計」の砂に「未生の春」が「綯い交ぜ」になっているというユニークな発想に乗った。これから落ちゆくべき砂に綯い交ぜになっている春。やはり、未来を感じさせる季節だ。

  蓬生に脆きけものと脆き母
脆さとは何だろうか。荒れ果てた野にけものが潜む。きっと、生き物としての脆さを孕んだけものだ。けものに明日はわからない。そんなけものと等しい生き物であるかのように、「脆き母」が存在しているのだ。作者に命を繋いだ「母」も、「脆きけもの」のひとつとして生々しく蓬生に立っている。

  初蝶のかの一頭はダリの髭
蝶の触覚や舌をダリの髭と見立てたのだろうか。奔放に飛んでいる蝶の姿が見えてきて面白い。ダリの超現実主義を思えば、飛びまわる蝶もまた静謐な狂気を帯びた存在に感じられる。ダリの絵の色彩も思われるようで、ユニークな作品である。ひとつ言うとすれば、陽炎の句の直後に初蝶の句が並ぶ季感には違和感を抱く。



2015年7月16日木曜日

【俳句新空間No.2】 福田葉子の句 /もてきまり


脈拍はレゲエのリズム海晩夏 福田葉子
「レゲエのリズム」という捉え方がいい。夏も終わりの海での出来事。かなり疲れがでて脈拍が速くなってしまった経験。深刻でなくむしろ少し滑稽というかキッチュに近い味。〈死後のごと湯船に赤いバラ浮かべ〉この句もいい。白いバラでは付きすぎで、ダメ。黄色もピンクもいただけない。赤でないといけない。なんかここまで書いて作者の一側面がみえてきたような、だって「レゲエ」「赤いバラ」に次に披露するのは「恋」。〈茅花野に仮の一夜を恋わたる〉ひたむきな茅花のせつなさ。「仮の一夜を恋わたる」ああ、もう涙なくしては語れない。