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2016年11月25日金曜日

【俳句新空間No.3】 佐藤りえの句 / もてきまり


ひとしきり泣いて氷柱となるまで立つ 佐藤りえ

 たぶん、若松孝二監督「実録・連合赤軍あさま山荘への道程(みち)」という映画が下敷きになって構成した二十句。一句独立の視点で読むと、この句が物語から離れても句として最も立っている気がした。「ひとしきり泣いて」という肉体性(生)から「氷柱となるまで立つ」という精神性(死)の隠喩が決まった。他句に〈霜柱踏み踏み外し別世界〉求心的な組織に、間違って入り込んでしまう悲劇。赤軍でなくても、いじめ学級やブラック企業、カルト等、どこまでも人間が抱え持つ闇というものなのだろうか。

2015年8月11日火曜日

【俳句新空間No.2】  神谷波の句――いきものたちと人間の時間 5 / 佐藤りえ


葭切の大歓迎の水棹かな 神谷波
ここでいう水棹は舟を操舵するものではなく、釣り舟などを固定するために水底、岸などに垂直に打つ水棹の方だろうか。舟が「水棹付け」のためのポイントに向かったところ、水棹にとまっている、または周囲の水辺に集った葭切が騒ぎ出した。葭切の集団の鳴き声はけっこう喧しい。大歓迎と捉えれば、人間の楽しい時間が始まる。

2015年8月10日月曜日

【俳句新空間No.2】  神谷波の句――いきものたちと人間の時間 4 / 佐藤りえ


遠くまでゆく蟻近場ですます蟻 神谷波
「近場ですます」から、餌取りの行軍というより、巣穴から砂を持ちだし捨てにゆくところをイメージする。彼らは巣の養生をいつ果てるともなく続ける。邪魔にならないよう、砂を遠くへ捨てにゆくものとそうでないもの。賑やかな中にも異なるリズムのものが紛れ込んでいる。

2015年7月10日金曜日

【俳句新空間No.2】 佐藤りえの句 /もてきまり


奥よりも裏側である海酸漿 佐藤りえ
海酸漿を鳴らすのは意外に難しく、そう奥よりも舌の裏側で鳴らすのよというぐらいの句意なのだが、これは「奥」「裏側」という言葉が曲者で、ずばり言えば性的な意味で受け取る殿方も多いのではと思った。なにしろタイトルも「麝香」。作者はけっこう無意識にその領域をさらっと表出する。〈濡れている闇から帰り瓜を切る〉この句も男女の営みとしての「濡れている闇」から帰りと取れば「瓜を切る」の瓜がメロウな匂いを微かに放ち始める。攝津幸彦が密かに喜びそうな句。〈飽きられた人形と行く夏野かな〉この句の不思議さも妙。「飽きられた人形」とは作者の一部分である事は確かなのだが・・・。

2015年6月29日月曜日

【俳句新空間No.2】  神谷波の句――いきものたちと人間の時間 3 / 佐藤りえ


茅の輪くぐる宇宙遊泳の気分 神谷波
「夏越しの祓」の茅の輪のこととして読んだ。正しい作法に則ったくぐり方は、輪を中心として寝かせた8の字を描くようにまわるもので、地面に残る足跡はメビウスリングの様になる。神妙になって出入りを繰り返すうち、精神が逸脱していくような高揚感に包まれた様子がうかがえる。

2015年6月26日金曜日

【俳句新空間No.2】  神谷波の句――いきものたちと人間の時間 2 / 佐藤りえ


潜く鳰子守の鳰と分担が 神谷波
水鳥の世界でも家事分担があるのだろうか。もめたりすることもあるのだろうか。鳰は特にひなを背中に乗せて運ぶことがあるので「子守」に見えること請け合いである。潜ったほうは餌を取る係だろうが、雌雄でなく役割で言われているところが人くさい。

2015年6月25日木曜日

【俳句新空間No.2】  神谷波の句――いきものたちと人間の時間 1 / 佐藤りえ




名所の木陰にねむる通し鴨 神谷波

どこか名だたる場所を訪ね、ふとした木陰に眠る鴨を見た情景。鴨にとっては名所も名勝もないことだろう、水辺が保全されるなどして人が容易に近寄れないようなこともあるし、ならではの安全さを選んでそこにいるのかもしれない。通し鴨の束の間の休息に気づくのは、よそ見の楽しさのようでもある。