ラベル NakayamaNana(中山奈々) の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル NakayamaNana(中山奈々) の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014年12月12日金曜日

【『俳句新空間No.2』 平成二十六年[夏行帖]を読む】 第三夜 ふいに奥山~もてきまり~  /中山奈々



ある朝のことだった。ゴミ捨てに行こうと玄関を開けたら、頭から血を流した奥山が立っていた。

彼は、二年前から壊れているインターホンに木魚のリズムで頭突きをかましていた。ドアを叩けばいいものを、、、と思いながら手当てをしてやる。

その家のひとを呼び出すときはインターホンを押す。そうインプットされれば、彼はそれを貫く。いや違う。他の手段を思いつかないのだ。よく言えば律儀。悪く言えば融通がきかない。そんな彼にはこの世は生きづらい。

りすとらや新宿路地を牛蛙     もてきまり

驚きはなかった。また上司や同僚と合わなかったのだろう。自主退職という名のリストラだ。一度インプットされたことを変えない彼だ。それを逆手に取られる。きみには他にいい仕事があるはずだ。そう言われれば、彼は信用する。そうやって何度仕事を変えたことか。その度にこの部屋にやって来て、さていい仕事とは何だろうか、と尋ねる。いい加減気づけよと思いつつ、さあ何だろうね、と一緒に考える。僕も彼と同じだ。

たそがるるもよし海月にさへなれる

しかし今日はいつも違っていた。彼はごそごそとリュックから布を取り出した。布というよりは帯。というよりは。不思議な形の。それをすっぽり被る。

あ、袈裟だ。緑色に赤の水玉。水玉には金で縁取りがしてある。袈裟だから和風なのだろうが、色合いはクリスマスだ。そして何度も草間彌生の顔が過る。その不可思議な袈裟を、奥山は〈ノーライフ、ノーミュージック〉とカタカタが描いたTシャツの上から着けているのだ。そしてにたりと笑う。さっき巻きつけてやった頭の包帯にもう血が滲んでいる。

あのね、もうね、考えなくてもいいんだよ。ぼくね、見つけたんだよ。本当に本当にいい仕事。ぼくのね。本当にいい仕事を。

そういいながら、またにたり。で、壁に頭突き。壁、ドン。ドンドンドンドンドンドン。すると隣の部屋からドンドンドンドンドンドン。上の部屋からもドンドンドンドンドンドン。下の部屋からもドンドンドンドンドンドン。街中ドンドンドンドンドンドン。

つねの世にトリックスターゐて卯波

ふいに奥山、袈裟つけて。

2014年11月21日金曜日

【『俳句新空間No.2』 平成二十六年[夏行帖]を読む】 第二夜 山の手線、廃線〜秦夕美〜  / 中山奈々



最後の議題です。動揺されている方も多いですね。みなさんの大半が、これを議題にする日がくるとは思ってもいなかったでしょう。私もです。しかしこの議題抜きにして、オリンピック成功はあり得ないのです。

そう。このトーキョーで三回目となるオリンピックおよびパラリンピック。これまでの二回は進歩を全面に押し出して来ました。交通しかり施設しかり。これはどこの国もそうですが。その反面、コスト面で大打撃です。投資だと笑っている場合ではありません。

確かに第一回目のトーキョーオリンピックでこの国は成長しました。しかしこれ以上の成長はむしろマイナスです。そこで逆転の発想といいますか、われわれは後進してみようと思ったわけです。
後進。そう、山の手線の廃止です。すでにトーキョーは毛細血管よりも行き届いたメトロの発達のおかげで、山の手線なしでも不自由はしないのです。


錦糸町涼しき音を放ちけり       秦夕美

スカイツリーと同じ墨田区にあり、押上駅からはたった一駅。しかし川の流れもひとの流れもなんとゆるやかなことか。天神橋、錦糸橋、松代橋。琴線、とまではいいませんが、あの場所独特の涼しい音。

東京メトロ半蔵門線。薄紫で描かれているあの路線です。


水無月の汐留駅は黄泉の駅

もうひとつ紫の路線があります。ワインレッド。ワインなんてお洒落なものを呑んでいるかわかりませんが、酔っ払いサラリーマンの地、新橋。そこに隣接する汐留駅は大江戸線。江戸。後進も後進。かつての名をつけるこの路線は山の手線よりも、東京23区を広く回るのです。少し歩けば、浜離宮。

新橋と浜離宮。まるでこの世とあの世の間のような。さらに、ゆりかもめに乗れば、お台場にも行けます。鎖国時代は外国船を追い払う砲台場でしたが、今やオリンピック会場として各国から選手、観客、観光客を迎えるのです。歴史の長さを感じます。

古都京都奈良に比べれば、トーキョーの歴史は浅く思えてしまいます。卑弥呼の墓とされる箸墓古墳を有していません。ましてや宇宙に繋がる糸魚川もありません。ならば何が出来るでしょうか。そうです。山の手線廃線です。これほどのインパクトあることがあるでしょうか。進歩しない。後進する。世界を驚かせることはこれしかないのです。

そこ、寝ないでください。われわれが今議論していることは、本当に重要なことなのです。だからいち早くここから抜け出ないといけないのです。

どうかここからわたしを出してください。


美しき嘘とはいへず吾亦紅




2014年11月14日金曜日

【(『俳句新空間No.2』 平成二十六年[夏行帖]を読む】  第一夜 ワルツは踊らない〜大本義幸〜  / 中山奈々



この街の話をしよう。出来るだけ君が飽きないように話すけれどね。どうかな。元来、話下手だしね。まあ聞いておくれよ。

街にはね、馬鹿でかいモニュメントがあるんだ。とある祭典のために作られたそれは、異形そのものだった。神々しくもあり危なっかしくもある。いつの時代も外れたものはあるのだけれど、それは特別外れていた。

高度経済成長期。そんな風にあの時代を呼ぶのかな。時代に乗るんじゃなくて、時代を作るんだってパワーがあちこちに満ちていた。パワーといっても、目に見えないことには仕方ないね。だから街を開発した。ベッドタウンに、医療施設、大学誘致、それであの異形のものを据えたのさ。

あれから何十年経ったかな。街は錆れた。いや錆れるようなものはなかったか。何もかも中途半端に進んでは、頓挫した。ただ医療施設だけは全国屈指の誇るべきものになったよ。

しかしね、その医療施設だって一部の限られた人だけさ。看てもらえるのは。大きなところで看てもらいたい、その、なんだ、われわれのような、少し金に恵まれないものは市民病院に行く。なあ、知ってるかい。市民病院をもじって「死人病院」なんていうのを。誰も表立って言わないけれど。あるんだよ、そういうものはさ。見ないように聞かないようにしているだけで。


あの陰影死者を運ぶエレベーター    大本義幸
病院で死ぬということ犬ふぐり

ここと隣街との間には川が流れていてね。ブルーシートが川に沿って綺麗に並ぶんだ。それが何か、君に分かるかい。


死体を隠すによい河口の町だね    大本義幸

隣街は県庁所在地だし、こっちは高度経済成長期の異形を遺す地だ。どちらの街も、少子高齢化を嘆き、子育てをしやすい街を目指している。大事なことさ。でもこの街に住む子どもに戻っていく老人たちはどう住めばいいのかな。知っていたら、教えておくれよ。

老犬がひく老人暮れてゆく          大本義幸