チリ紙・水・電池を積みし宝船 北川美美
東日本は、本当に地震が多く宝船も時代により載せる荷物が違ってくるのだ。今は非常時持出し袋の中味であるチリ紙・水・電池などを積んでいるという諧謔。他句に〈重箱の中はしきられ都かな〉年末、デパートなどで予約するお重などは細かく仕切られている。下五の「都かな」と表現されたことでまるで京の都のような料理の華やかさが目に浮かぶ。
チリ紙・水・電池を積みし宝船 北川美美
片蔭の突然切れているところ 北川美美暑い盛りであれば、片蔭を選んで歩くことは自然の行為。今まで意識することもなく片蔭を歩いてきたが、片蔭が突然切れて、はっと目覚めたように道を見つめ直す。そして、これからどこを歩こうかと途方に暮れる。「突然切れているところ」で終わっているのが心憎い。
麦畑刈られ巨人が来る気配 北川美美旅先で麦畑の刈られた風景にでくわした。広大な自然の中に麦藁を直径1.5mぐらいの幾何学的な円筒形に圧縮したストローベイルなるものが点々と置いて在り、初めて見る者には不思議な光景だった。確かに「巨人が来る気配」だった。それも旅人を喰う一つ目のキュクロプス。日本ばなれした麦刈り後の風景を彷彿とさせる「巨人が来る気配」。他に〈夏草を踏みしめている乗用車〉等。
真夜中に撫ぜて励ます冷蔵庫 北川美美すべてが動きを止めた夜の部屋で、それでもなにやらうめき声のような低い音を立てて動いているものがある。もはや背景音のようになってしまって、それが動いていることすらも日頃は意識しづらい。それでもたまに冷蔵庫のコンセントを抜いてみると気づく。本当に無音の世界がそこにはあったのだということに。そんなわけで、冷蔵庫はあまり注目を浴びない働き者である。けっこうけなげな存在なのだ。そんなけなげなモノと過ごす真夜中の時間。たぶん作者と冷蔵庫しかいない暗い部屋で向き合う、そんな一人と一個。人間と機械とで、心が通い合うわけもなく、それでも何かが通い合っているように見える、そんな深夜の密かな光景が面白い。
寒き日や「ヒロユキ御飯食べた?」と訊く 北川美美次に配されている句は「食べられる蒲公英を摘む息子かな」である。ヒロユキは蒲公英を摘んで食したのであろうか?初読の際にそう錯覚した。多分、この二句に関係性はないであろう。句の構成は文語に切れ字「や」の上五、中七座五は括弧で括られた口語体の疑問文でご丁寧に?マークが付されている。終わりには終止形の動詞だ。何とも奇態な構えである。むろん二十句の中に異質な掲句が一句だけ挿入されている所が作者の工夫でもあり、二十句を面白くしている由縁である。ヒロユキの片仮名書きはヒロユキと作者が面識のないことを示していて、「ヒロユキ御飯食べた?」の会話が何処からか作者の耳へ聞こえてきたように表現されている。ヌーベルバーグ的偶然を演出して見せている。