2015年7月2日木曜日

【俳句新空間No.2】中西夕紀の句 1/ 陽美保子



  父の日の暮れて影置く畳かな 中西夕紀
何の影とは言っていないが、物自体が重要なのではない。外の方が明るいような夕暮時、まだ灯りを点けぬ薄暗い畳に落ちる物影の趣が、昔の日本の父の趣に重なる。谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を思い出す。「われらは落懸のうしろや、花活の周囲や、違い棚の下などを填めている闇を眺めて、それが何でもない蔭であることを知りながらも、そこの空気だけがシーンと沈み切っているような、永劫不変の閑寂がその暗がりを領しているような感銘を受ける。」掲句の影にはこれと同じ閑寂がある。その閑寂は、そのまま厳格で寡黙な父の姿でもある。

2015年7月1日水曜日

【俳句新空間No.2】  高橋修宏の句 2 / 後藤貴子


日の沖へ向かう柩の中に瀧 高橋修宏
寓意的に読もうとする場合、渡海船がすぐ思い浮かぶ。補陀落上陸前に、無惨にも舟に進入してくる冷たい海水。あるいは近年の大型客船。個室にプチ瀧(シャワー)が備わっており、人前に姿を現す前はエチケットとしてプチ禊を行うことが一般的なので、そのように解釈することもできる。しかし、太陽は古来から信仰の対象であり、ことに日本は伊勢神宮など天照大神信仰が強く、穢れを嫌う神道の精神が一般化しているので、この句は日本人のメンタルの発露ととらえるのが適切か。

2015年6月30日火曜日

【俳句新空間No.2】  高橋修宏の句 1 / 後藤貴子


廃炉より蛹の如き呼吸音   高橋修宏
原発先進国イギリスの認識では、原子炉を完全に安全停止するのに七十年以上の歳月がかかるとされる。原発停止後、核燃料の冷却だけで三年かかり、そこから本格的な廃炉作業に入るのだが、原子炉は活動を止めたわけではなく、蛹のごとき静止状態を保ったまま、放射線物質を空気中に放出しつづける。高橋の句業の中心には、「歴史のテクスト」をもとにした「見えづらかった何ものか」(禁忌的本質)のあぶり出しがあるように思われる。震災後の彼の作品は、散発的に原発事故を作品のモチーフに据えているものが見られるが、本作もその一つであろう。歴史は既に成されてしまった事象などではなく、現在進行形の私達の生活そのものなのだ。

2015年6月29日月曜日

【俳句新空間No.2】  神谷波の句――いきものたちと人間の時間 3 / 佐藤りえ


茅の輪くぐる宇宙遊泳の気分 神谷波
「夏越しの祓」の茅の輪のこととして読んだ。正しい作法に則ったくぐり方は、輪を中心として寝かせた8の字を描くようにまわるもので、地面に残る足跡はメビウスリングの様になる。神妙になって出入りを繰り返すうち、精神が逸脱していくような高揚感に包まれた様子がうかがえる。

2015年6月26日金曜日

【俳句新空間No.2】  神谷波の句――いきものたちと人間の時間 2 / 佐藤りえ


潜く鳰子守の鳰と分担が 神谷波
水鳥の世界でも家事分担があるのだろうか。もめたりすることもあるのだろうか。鳰は特にひなを背中に乗せて運ぶことがあるので「子守」に見えること請け合いである。潜ったほうは餌を取る係だろうが、雌雄でなく役割で言われているところが人くさい。