夏木立ルソーを蒼くぬってみる 神山姫余眼前には夏木立がある。それを表現しようとすると作者の潜在意識にあるアンリ・ルソー(あの素朴派ともいわれた葉の一枚一枚に輪郭線を克明に画き、同時代の潮流とは遠く隔たっていた画家)の絵がせりあがってきたのだ。そしてルソーの絵の中の葉を作者が持っている内面的なパレットから「蒼」を選び出しぬってみるというほどの句意なのだが、夏木立を二重、三重の位相で表出しながら不思議なさやけさがある。他に〈若鮎の眼の中にある死界かな〉〈終戦記念日 無数の針が立っている〉等、異界から覗こうとする眼(まなこ)の持ち主としての姿勢を感じた。
2015年6月17日水曜日
【俳句新空間No.2】 神山姫余の句 /もてきまり
ラベル:
2014(平成26)年8月作品詠,
MotekiMari(もてきまり),
No.3掲載,
神山姫余
2015年6月16日火曜日
【俳句新空間No.2】 秦夕美の句 /もてきまり
水無月の汐留駅は黄泉の駅 秦夕美確かに地下にある駅は、夜昼の区別なく煌々と照明がつき、まして雨の季節ともなると濡れた傘と雨に裾などを少し汚した人々が行き交う景は背景に雨が見えないだけに虚構の舞台のようで、なるほど黄泉のようだ。そんな中、自画像として〈ぽつねんと私雨の鉄砲百合〉異界にまぎれこんでぽつねんとしながらもあちこちと首をふり観察を怠らぬかのような鉄砲百合的痩身の作者を想像してしまう。そして〈波布と会ふたそがれ熱のままの指〉「波布」とはあの猛毒の蛇のことだ。この句には妖気ただようエロスがあり凡者には怖いほどだ。
ラベル:
2014(平成26)年8月作品詠,
MotekiMari(もてきまり),
No.3掲載,
秦夕美
2015年6月15日月曜日
【俳句新空間No.2】 大本義幸の句 /もてきまり
風が喰(は)む硝子の歯ぎしりブラザー軒 大本義幸その昔、いぶし銀のような声の高田渡というフォーク歌手がいて「ブラザー軒」を歌った。〈♪東一番丁ブラザー軒♪硝子簾がキラキラ波うち〉その向こうには死んだ親父と妹がいるというような設定の歌詞だったと思う。〈高田渡的貧しい月がでる〉無欲天然のその声にはファンが多かった。そしてカメラは急にパンして作者の現在形に。〈わっせわせ肋(あばら)よ踊れ肺癌だ〉〈さらば地球われら雫す春の水〉私達もいずれは「雫す春の水」なのだが、「わっせわせ」と自分の癌を皮肉な手つきであやし、句をむしろ明るい絶望に化けさせた。耕衣の言葉を借りて言えば自己救済と他己救済が同時になされている秀句だ。
ラベル:
2014(平成26)年8月作品詠,
MotekiMari(もてきまり),
No.3掲載,
大本義幸
2015年2月13日金曜日
登頂回望・号外編(その15) [福田葉子] / 網野月を
密会の兄者に淡き春の雪 福田葉子一見、艶っぽい句にも思えるが、そうではないだろう。題は「反魂歌」であるので、この「密会」はシリアスなものである。作者にとっての「兄者」かどうかは不明だが、大変ごとに遭遇している「兄者」の熱を雪が冷ましているようだ。春の雪にそうした情緒が込められている。
「反魂歌」【俳句新空間No.2】 2014(平成二十六)年[新春帖]所収
2015年2月6日金曜日
登頂回望・号外編(その14) [夏木 久] / 網野月を
筑紫野のガソリンスタンド匂ひけり 夏木 久「楽浪之思賀乃辛碕雖幸有 大宮人之船麻知兼津」と前書きがある。他の九句のもすべて万葉仮名?の前書きが付されている。筆者は万葉仮名を善く読まないが、同時に船はガソリンが燃料なのかも知らない。他に「サクラサクトキニハハハニチチモサク」「ぜつぼうはふかふかしをりはるともし」など、作者の強烈な個性を同じく強烈な言葉に移して表現している。永田耕衣に「自分ともう一人が理解すればよい」というような言葉があるようだが、将にそのような潔さの上に成立している句だ。そうした自己完結的な世界の中で、表現する内容と叙述の方法が研ぎ澄まされていくのを作者本人が楽しんでいるかのようである。
「古人昔日譚・一」【俳句新空間No.2】 2014(平成二十六)年[新春帖]所収
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