2015年12月4日金曜日

【曾根毅『花修』を読む 16】 曾根毅という男  / 三木基史



曾根毅の俳句には対象物への愛が欠落している。分かり易く言えば、明るさの感じられる作品はあっても、じんわりと滲み出てくるような温かさが無い。俳句に対象物への愛が必要かどうかの議論は、ここではどうでもいい。様々なものに関心を寄せ、それらを体内に取り込み、普遍的な言葉に変換して吐き出そうともがく。彼の場合、その過程で対象物への愛が削ぎ落とされてしまうのだろう。それが曾根毅の戦い方だ。

彼と私は同年代である。常に意識せざるを得ない存在であり、最も信頼する句友のひとりだ。近しい仲間たちからはその実力を認められながらも、永らく賞に恵まれなかった彼は、芝不器男俳句新人賞の受賞によって俳壇の明るみに躍り出ようとしている。檻に閉じ込められていた獣が解き放たれるように、第一句集「花修」を完成させた。これは逆襲の始まり。

立ち上がるときの悲しき巨人かな 
鶴二百三百五百戦争へ

逆襲の始まりにふさわしい冒頭の二句は、私が今まで出合った様々な句集をリセットする力を持っていた。しかし、彼の作風を冒頭の第一印象だけでカテゴライズすることは危険だ。何故なら、この二句は将来的に彼の代表句となりうる可能性を秘めているものの、私の知る彼らしい俳句とはかけ離れているからである。演出が過ぎるのだ。

滝おちてこの世のものとなりにけり 
きっかけは初めの一羽鳥渡る 
おでんの底に卵残りし昭和かな 
我が死後も掛かりしままの冬帽子 
曇天や遠泳の首一列に

私が思う彼らしい俳句とは、例を挙げればこれらである。技法として近景は少し観念的にぼかして、遠景は明確にくっきりと描き、余情に寂しさが残るような作品だ。

東日本大震災の影響を受けた俳句も、彼にとっては単なる社会的事実の記録ではなく、個人的体験の記憶。先師・鈴木六林男の作品や言葉に少なからず影響を受けている彼には、個人的体験の記憶が社会性を帯びた作品として生まれたとしても、それはごく自然な感覚なのだろう。

薄明とセシウムを負い露草よ 
桐一葉ここにもマイクロシーベルト 
燃え残るプルトニウムと傘の骨 
山鳩として濡れている放射能 
原発の湾に真向い卵飲む

彼が描くことによって暴かれた現代はとても寂しい。けれども、決して現代の寂しい景ばかりを切り取っているわけではなく、彼のフィルターを通った現代の景が寂しさを漂わせるのだ。

さくら狩り口の中まで暗くなり 
この国や鬱のかたちの耳飾り 
五月雨のコインロッカーより鈍器 
十字架に絡みつきたる枯葉剤 
山の蟻路上の蟻と親しまず

もちろん彼の俳句は現在進行形である。今後の彼自身の環境の変化によって、作風も変化していくかもしれない。これからもずっと注目していきたい。最後にここで挙げなかった共鳴句を。

水吸うて水の上なる桜かな 
元日の動かぬ水を眺めけり 
般若とはふいに置かれし寒卵 
獅子舞の口より見ゆる砂丘かな 
萍や死者の耳から遠ざかり 
祈りとは折れるに任せたる葦か 
闇に鳩鳴けば静かに火を焚かん


【執筆者紹介】

  • 三木基史(みき・もとし)

 1974年 兵庫県宝塚市生まれ、在住
「樫」所属 森田智子に師事 現代俳句協会会員
 第26回現代俳句新人賞 共著「関西俳句なう」