2015年11月13日金曜日

【曾根毅『花修』を読む 10】 『花修』立体花伝 ―21世紀の運歩―  /男波弘志



曾根さんとの出会いは、数年前の現代俳句協会の吟行、そのときは五十人近くが集っていたであろうか。句会の席上、沢山の句の中から私の駄句を拾って下さった方が三人おられた。曾根毅、杉浦圭祐、彌榮浩樹、句会が終わった後、私はこの三人に「家で句会をしませんか」と持ちかけた。一瞬で事は決した。現在私は、「啐啄(そったく)童子(どうじ)」句会の代表として断続的に句会を行っている。啐啄同時は、雛鶏が卵の殻の内側を、母鶏が卵の殻の外側を、互いにつつき、それを破ること、「同時」を「童子」に変えたのは、永遠に尽きることのない創作の修練を戯画的に顕したまでである。

今回の曾根毅の偉業を、私は勝手に「啐啄童子(そったくどうじ)」句会の中から出現したものと、やや独善的に考えているのだが、それには確かな根拠がある。句会発足当時の曾根の句は、観念を即物に映像化することを、殊更意識してはいなかったと思うのだが、昨今は抽象を具象へ、具象を抽象へ自在に行き来し、メンバー一同が舌を巻くほどの作句力を発揮しておられる。この句会では一句一句を俎上にあげ、徹底的につつきまわす、四、五人の句会で五時間以上かかるのだから、その凄まじさが想像されるであろう。誰一人声高にものを言う者はいない、皆一点を凝視し、一言、一言、本質を語り、人のことばをしずかに聴いている。議論など噴飯ものである、ここにあるのは確かな対話だけである。根源のない議論が得意な人は、一刹那もこの場にいることは出来ぬ、勇気のある方は是非、句座に連なってほしい。わけても曾根の沈黙はある美的な律動をもって、一空間を厳粛に彩っている。聞くべきことは聞く、唾棄すべきは唾棄する。唾棄といっても、曾根の唾棄は執拗である。唾棄すべきその理由が腑に落ちるまで自問自答をくり返す。それが納得できなければ、家に居ても、道を歩いていても思惟、しつづけているであろう。

句会でいつも取捨を悩まされるのは社会性俳句である。

薄明とセシウムを負い露草よ 
桐一葉ここにもマイクロシーベルト 
原発の湾に真向い卵飲む

これらの問題に対して、作者はどれだけの拘りがあるのか、又今後どれ程の拘りをもって対処していくのか、そのことを知らずして、問はずして、易々と採るわけにはいかぬ、と言うのが私の率直な考え方である。普遍性をもった根源俳句には政治的な問題は、当然無化されなければならぬ、政治的に啀み合っている国同士が、芸術、文芸に於いては華々しく交流をつづけている例はいくらでもあるのである。原発の問題は顕かに政治の問題である、であるならば原発を詩歌に変容させることは、政治の問題を真向から抱え込む覚悟がある。その意志表明と受けとられても仕方がないのである。私はこのことを曾根に問うたことがないのだが、今は、どこまでも自己の問題として長考しつづけている。しかし、

原発の湾に真向い卵飲む

の、この一句だけは、奇跡的に政治問題が詩的情操に無化され、呑み込まれている。政治などという、狭量な人為操作は、常に詩歌の、文芸の器の中に呑み込まれ、宙空を散華する鳥に変容するという、詩人の、芸術の理想を高々と謳歌して見事である。誰もが華麗なる賛辞を送るであろう場に、やや苦言めいたことを申し上げたが、これは身辺にいる、本当の意味での親友にしか、書くことのできぬ、直の、生身の心栄えとして受けとめていただきたいのである。

畢りに御句集『花修』の中で永劫に生きつづけるであろう。名句、秀句を挙げておく。曾根さん本当におめでとう。

春の水まだ息止めておりにけり 
十方に無私の鰯を供えけり 
夕桜てのひらは血を隠しつつ 
水吸うて水の上なる桜かな 
ふと影を離れていたる鯉幟 
白桃や聡きところは触れずおく 
徐に椿の殖ゆる手術台 
葱刻むところどころの薄明り


【執筆者紹介】

  • 男波弘志(おなみ・ひろし)

北澤瑞史 創刊 俳誌「季」元会員
岡井省二 創刊 俳誌 「槐」元同人
永田耕衣 創刊 俳誌「琴座」マンの会 元会員
現在 俳誌「海程」「里」会員