2014年11月21日金曜日

【『俳句新空間No.2』 平成二十六年[夏行帖]を読む】 第二夜 山の手線、廃線〜秦夕美〜  / 中山奈々



最後の議題です。動揺されている方も多いですね。みなさんの大半が、これを議題にする日がくるとは思ってもいなかったでしょう。私もです。しかしこの議題抜きにして、オリンピック成功はあり得ないのです。

そう。このトーキョーで三回目となるオリンピックおよびパラリンピック。これまでの二回は進歩を全面に押し出して来ました。交通しかり施設しかり。これはどこの国もそうですが。その反面、コスト面で大打撃です。投資だと笑っている場合ではありません。

確かに第一回目のトーキョーオリンピックでこの国は成長しました。しかしこれ以上の成長はむしろマイナスです。そこで逆転の発想といいますか、われわれは後進してみようと思ったわけです。
後進。そう、山の手線の廃止です。すでにトーキョーは毛細血管よりも行き届いたメトロの発達のおかげで、山の手線なしでも不自由はしないのです。


錦糸町涼しき音を放ちけり       秦夕美

スカイツリーと同じ墨田区にあり、押上駅からはたった一駅。しかし川の流れもひとの流れもなんとゆるやかなことか。天神橋、錦糸橋、松代橋。琴線、とまではいいませんが、あの場所独特の涼しい音。

東京メトロ半蔵門線。薄紫で描かれているあの路線です。


水無月の汐留駅は黄泉の駅

もうひとつ紫の路線があります。ワインレッド。ワインなんてお洒落なものを呑んでいるかわかりませんが、酔っ払いサラリーマンの地、新橋。そこに隣接する汐留駅は大江戸線。江戸。後進も後進。かつての名をつけるこの路線は山の手線よりも、東京23区を広く回るのです。少し歩けば、浜離宮。

新橋と浜離宮。まるでこの世とあの世の間のような。さらに、ゆりかもめに乗れば、お台場にも行けます。鎖国時代は外国船を追い払う砲台場でしたが、今やオリンピック会場として各国から選手、観客、観光客を迎えるのです。歴史の長さを感じます。

古都京都奈良に比べれば、トーキョーの歴史は浅く思えてしまいます。卑弥呼の墓とされる箸墓古墳を有していません。ましてや宇宙に繋がる糸魚川もありません。ならば何が出来るでしょうか。そうです。山の手線廃線です。これほどのインパクトあることがあるでしょうか。進歩しない。後進する。世界を驚かせることはこれしかないのです。

そこ、寝ないでください。われわれが今議論していることは、本当に重要なことなのです。だからいち早くここから抜け出ないといけないのです。

どうかここからわたしを出してください。


美しき嘘とはいへず吾亦紅