ある朝のことだった。ゴミ捨てに行こうと玄関を開けたら、頭から血を流した奥山が立っていた。
彼は、二年前から壊れているインターホンに木魚のリズムで頭突きをかましていた。ドアを叩けばいいものを、、、と思いながら手当てをしてやる。
その家のひとを呼び出すときはインターホンを押す。そうインプットされれば、彼はそれを貫く。いや違う。他の手段を思いつかないのだ。よく言えば律儀。悪く言えば融通がきかない。そんな彼にはこの世は生きづらい。
りすとらや新宿路地を牛蛙 もてきまり
驚きはなかった。また上司や同僚と合わなかったのだろう。自主退職という名のリストラだ。一度インプットされたことを変えない彼だ。それを逆手に取られる。きみには他にいい仕事があるはずだ。そう言われれば、彼は信用する。そうやって何度仕事を変えたことか。その度にこの部屋にやって来て、さていい仕事とは何だろうか、と尋ねる。いい加減気づけよと思いつつ、さあ何だろうね、と一緒に考える。僕も彼と同じだ。
たそがるるもよし海月にさへなれる
しかし今日はいつも違っていた。彼はごそごそとリュックから布を取り出した。布というよりは帯。というよりは。不思議な形の。それをすっぽり被る。
あ、袈裟だ。緑色に赤の水玉。水玉には金で縁取りがしてある。袈裟だから和風なのだろうが、色合いはクリスマスだ。そして何度も草間彌生の顔が過る。その不可思議な袈裟を、奥山は〈ノーライフ、ノーミュージック〉とカタカタが描いたTシャツの上から着けているのだ。そしてにたりと笑う。さっき巻きつけてやった頭の包帯にもう血が滲んでいる。
あのね、もうね、考えなくてもいいんだよ。ぼくね、見つけたんだよ。本当に本当にいい仕事。ぼくのね。本当にいい仕事を。
そういいながら、またにたり。で、壁に頭突き。壁、ドン。ドンドンドンドンドンドン。すると隣の部屋からドンドンドンドンドンドン。上の部屋からもドンドンドンドンドンドン。下の部屋からもドンドンドンドンドンドン。街中ドンドンドンドンドンドン。
つねの世にトリックスターゐて卯波
ふいに奥山、袈裟つけて。